高畑桜(さーちゃん)の物語 #02

生きていくため
「普通」を選んだ

誰も私のことを
分かってくれない

なぜ、自分はこんなにも生きづらいのか?

思春期の頃、ひとりぼっちで心細かった私は、本をよりどころにした。
自分や兄の「普通じゃない部分」をちゃんと教えてほしい。
なぜ自分はこんなにも生きづらいのか、不安と混乱でいっぱいなのか、知りたい。

両親にも先生にも絶対にこんなことは聞けない。聞いたところで、子ども扱いしてはぐらかしてきちんと教えてくれないだろう。友達には、こんな「普通じゃない私」がいるなんて知られたくない。知られたら仲間外れにされるかもしれない。それは、絶対に嫌だ。

人を全く信じられなかった私は、いろんな本を読みあさった。
誰よりも自分と兄のことが知りたかった。理解したかった。

どこにも答えは書いていなかった

どうすればこの危険と混乱で満ちた世界で生きていけるのか、どうしたら自分の葛藤や不安がなくなるのか、誰かに教えてほしくて、自分を救ってほしかった。でも、その当時、どの本の中にも自分が納得するような答えは書いてなかった。もう、何を頼ればいいか分からなかった。

こんなにも色んな感情で混乱している自分の気持ちなんて、誰にも分からないだろう。いや、むしろ簡単に分かられてたまるか。こんなにおかしいのは、世界に自分1人だけだと思い込んでいた。

この時期は、幼い頃によく遊んだ山や川で1人で泣く時間だけが、唯一ホッとできる時間だった。友達はみんな山や川には行かなくなっていたが、家にも学校にも居場所のない私にとって、自然が私のよりどころだった。

自然は私を攻撃してこない。ジャッジしてこない。
ただただ一緒にいてくれる。そのことが私を慰めてくれた。

人生に
光が少し見えてきた

「普通の道」から外の世界へ

高校3年生の私の進路の捉え方は、とにかく「みんなと同じ道=普通の道」でありさえすればよかった。
みんなと同じように受験し、合格する。

そして、親と同じ「先生」という道=普通の道を歩めば、これまで通り「普通のみんな」に紛れて生きていけるだろう。そう信じて、私は教員免許の取れる大学に進む。

大学生になって、家族とも距離が開き、外の世界に触れる機会が増えた。
自分が本当に好きな格好で学校へ行っても、誰も何も言わない。むしろ褒めてくれる。


高校生の頃

ありのままの自分を、少しずつ表現できるように

生まれて初めてできた女性のパートナー。普通じゃない自分でも、本当に好きな人と結ばれることができた。自分のことを信じて本気で向き合ってくれるアルバイトの店長や仲間たちとの出逢い。兄のことを理解してくれる先生や友達もできた。

いろんな人に触れあう中で、自分の世界が広がると同時にありのままの自分を少しずつ表現できるようになった。そのままの私を受け止めてくれる人がいることが見えてきた。常に緊張状態で構えていた私にも、味方ができはじめた。

すこし自分の人生に光が見える。こんな自分でも生きていけるかも。


アルバイト仲間と

このまま
大学生のままでいたい

「普通」であるために、教員になるしかない

だが、就職を決めるときに、再び葛藤し始めた。
普通じゃない自分が、本当に先生になって本当に大丈夫なのか。

もし「普通じゃない部分」がバレたらどうなるんだろう。自分のセクシュアリティ、兄のことで、白い目で見られないだろうか。また危険な世界に飛び込まないといけないのかもしれない。

そんな風に悩んでいたことに輪をかけて、教育実習で教員の仕事に違和感を感じた。
卒業まであと1年もない状況で、「子どもは大好きだけど、何か違う」「自分がやりたいことは教員じゃない気がする」と気づいてしまう。

「普通」であるためには「教員」になるしかないと思い込んでいた私は、途方に暮れた。
すでに教員採用試験の勉強を始めている子もいる時期に、他の選択肢を選ぶなんてもう無理だ。就職したい他の職業も特に思いつかなかった。

「普通のみんな」に、分かるはずがない
悩みに蓋をして、のめり込むように勉強に打ち込んだ

本当は、このまま先生になりたくない。嫌だ、怖い。もっと時間がほしい。
幼い頃から急いで大人になろうとし続けた私は、急に、大人になるのが怖くなった。怖い。このまま大学生のままでいたい。大人になりたくない。

みんな自分の進路をどうやって決めてるんだろう。
普通か普通じゃないかという判断基準しかなかった私は、どうしていいか分からなかった。
こんな時期に、こんな悩みを抱えているのは、私だけだろう。「普通じゃない私」の悩みなんて、「普通のみんな」に分かるはずがない。また、私はひとりぼっちを決め込んだ。

そして、「普通のみんな」の中に居続けるために、私は教員採用試験を受けることを決めた。悩みに蓋をして、のめり込むように教員採用試験の勉強に打ち込んだ。

無事試験に受かった私は、不安と恐怖でいっぱいのまま教員になった。